SESSION 03
「ブランディング」や「デザイン」に対する
企業の期待と不安の正体
2020.11.16
「ブランディング」や「デザイン」に対する「困難さ」のイメージはどこからくるのか?
社内のクリエイターたちによるセッション形式のワークショップをレポートします。
「ブランディング」や「ブランディングデザイン会社」に感じる不安
──ここ数年で「ブランディング」や「デザイン」という言葉はビジネスシーンでもすっかり定着しました。「ブランディング」や「デザイン」こそ新しい時代の競争力である、という熱い期待すら感じます。一方で、企業や担当者の「ブランディング」や「デザイン」に対する漠然とした不安も根強く残っているように思いますし、むしろより強くなっている気もする。そのギャップの原因はなんなのか? 今回は特に、企業にとってブランディングデザイン会社とはどんな存在なのか? といったテーマでディスカッションしてみたいと思います。
齋藤(ブランディング・ストラテジスト):「ブランディング」や「デザイン」がビジネスの新たな競争力として企業から求められている風潮はひしひしと実感します。
岩本(ブランディング・スタイリスト):大学や大学院などの専門教育機関でも会社勤めする社会人向けのデザインの講座などが充実してきました。
栗林(ブランディング・デザイナー):企業の資料なども、よっぽどひどい見た目のものは少なくなり、ちょっとしたコミュニケーションでも全般的にビジネスシーンでのデザイン性は高まっていると思います。
「ブランディング」や「ブランディングデザイン会社」に感じる不安
──その一方で、まだまだ「ブランディング」や「デザイン」というものが、なにか「やっかいで困難なもの」と捉えられている実感もありますね。これらの原因を考えるため、まずは、クライアント企業のいち担当者やいち経営者になったつもりで、「デザイン」や「ブランディング」が重要だと言われる昨今の状況全般に対する期待や不安の声を出し合ってみましょう。
(以下のようなキーワードがでる:忙しいんだよな、後回し後回し/何から手をつければいいのか/イケてる会社に勤めていると思われるのは素敵だ/お金がかかる=責任重大/言い出しっぺになるのはキツイ/自分たち(社内)だけでできる気はしないが部外者に分かるはずがないという気持ちもある/私だってデザインくらい分かる/オシャレっぽいのは苦手/私もブランド力のある企業で働きたいな/ブランディングとかデザインって自分の仕事には関係無い/デザインやブランディングが大事と言われても何からしたら良いか分からない/社長や上司がデザインの重要性を分かっていない/ブランディングできている会社は羨ましい/どうして他社と自社でこんなにイメージが違うんだろう/大事だと分かっているけどできない、それはなんでだろう/どうして我が社には熱狂的ファンがいないんだろう など)
栗林:「ブランディングできている会社は羨ましい」というのはみんな一致していますね。
岩本:そう、ブランディングできていることは良いことだというのはみんな分かってる。憧れも強く持っている。
齋藤:でも「何からはじめたら良いか分からない」「旗振り役にはなりたくない」「お金が掛かる=責任重大」というネガティブな気持ちも同時にある。
栗林:齋藤さんが挙げた「自分たち(社内)だけでできる気はしないが、部外者に自分たちのことが分かるはずがないという気持ちもある」というのに集約されている気がしますね。
岩本:すごい矛盾を抱えていますよね。
齋藤:ブランディングのプロジェクトを実行するチームへの信頼が十分じゃないということですよね。そのチームが社内であろうと社外であろうと。社外のブランディングデザイン会社やデザイン会社とチームを組む場合はさらに「クリエイターにビジネスが分かるのか」という疑念もある。
顧客にとって理想のブランディングデザイン会社とは?
──ではどんなブランディングデザイン会社やデザイン会社なら、信頼できるでしょうか? 顧客になったつもりで理想のブランディングデザイン会社のポイント出しをブレインストーミングしてみましょう。
(以下のようなキーワードが出る:パッションがある/センスが良い/クレバーでクリエイティブ/身内にしたい/未来の話をしたくなる/どうにかしてくれる=すべての委ねたくなる/倫理と教養がある/とにかくヤバい/おもしろい/一緒に働きたい/切れ者たち/こっちもうかうかしていられない気持ちにさせる/すごい/楽しそう/なんだかんだいってカッコいい/分かってくれる/カッコイイ/仲間みたい/新しいことをやってくれる/プロフェッショナル/結局きちんと正解を出す/変えてくれる など)
岩本:「ブランディング」や「デザイン」に感じる顧客の不安についてさきほど話したけど、それを解決するということより、やっぱりブランディングデザイン会社としてのパフォーマンスが優れているということを求めてる。
齋藤:「ベース」と「+α」の関係を求めていると言うことだと思います。「正しくて、挑戦的」とか「基本を踏まえたうえでのユニークさ」とか「本質的で新しい」とか。不安はやはり「ベース」の不一致にある。期待は「+α」の素晴らしさにある。
栗林:「いまを超える」ということが求められているので、まず「いま」をしっかり捉えてくれることが基準線になり、されにそれを超えてくれるかどうかの部分がパフォーマンスへの期待になると。「攻守のバランス」とも言える。「守り」は最低限キッチリやって欲しい。でも「攻め」の部分で驚嘆させて欲しい。
——結局、人間も企業も「信頼」を確かなものにするって、一定の時間を一緒に過ごすしかないんじゃないかと思ったりします。例えば、コンペ方式というのは広告やパッケージのデザインを選定するには適した方式かもしれないけど、ブランディングデザイン会社を選ぶ方法としてはかなり無理がある。コンペ案の制作期間が2週間与えられている場合、そのうち大体4、5日をその制作に注力しますが、ブランディングプロジェクトの場合であれば、せめて2、3日でもずっとクライアントと一緒に過ごしてみるといったことのほうがパートナー選びに適したことなのかもしれない。2、3日ほぼずっと一緒に過ごしながら、具体的なテーマを設定して、そのことについて率直に真摯にお互いが議論してみるなど。
齋藤:私はさきほどの、理想のブランディングデザイン会社のブレインストーミングで「倫理と教養」と書きました。現代のブランディングにはこれがとても重要だと思います。これなんてまさに、一緒にいくつかのテーマについて議論してみないと分からない。
栗林:営業的なコミュニケーションとして、ではなくて、会社として人間としてどんな「倫理と教養」を持っているかということをお互いが確かめあう機会ということですね。
岩本:結局、ブランディングプロジェクトのチームへの不信感というのも、突き詰めれば価値観の不一致ということですもんね。どうしても譲れない価値観のズレが発生してしまうかもしれないという不安。
未来への希望や願い、社会の不合理な制度や慣習についての思いまでオープンに共有する
──価値観のズレがあったらブランディングプロジェクトのチームは上手くいかないということでしたが、具体的にはどんな価値観なんでしょうか?
岩本:「価値観のズレ」そのものというより、大事なのは「価値観のズレ」の有無や程度をきちんと事前に共通認識してお互いに尊重するということですね。
齋藤:私たちのブランディングコンサルティングのメソッドである5BSの中心的コンセプトは「企業の探究テーマを設定すること」ですから、倫理感や社会的教養に私たちと大きなギャップがある場合は、そもそも私たちの価値をきちんと提供できない。
栗林:「具体的にはどんな価値観なのか」という問いに答えるとしたら…。
齋藤:未来に対してどんな希望や夢を描いているか。いまの社会や業界のどんなところを不合理に感じているか。そのどちらも、胸襟を開いてまっすぐ議論したいです。
岩本:もちろん討論やディベートではないので、あくまで一緒に物事を考えながら、相手の大切に思っていること、相手が憤っていることを、感じて理解していく。
齋藤:発注を頂く立場のブランディングデザイン会社がなんだかエラそうなことを言っていると思われるかもしれないけど、そんなつもりはなくて、たとえば少子高齢社会についてどう思っているかとか、あるべき教育の姿ってどんなものだと思うかとか、環境問題解決のポイントはどこにあると思うかとか、そういう社会課題についての率直な思いや意見をお互いに交わし合いたい。
岩本:ハードな議題だけじゃなくて、好きな場所はどこで、なぜそこが好きで、誰と一緒に行きたいと思うか、とかそういったパーソナルな実感にもとづく価値観も大切ですね。
ブランディングデザイン会社の「倫理感・価値観・教養」を図る
──中長期のプロジェクトに対して、一般的にクライアント企業や担当者が抱く不安はおそらく、課題把握能力、技術力(表現力)、計画遂行能力の3つの能力への不確実性にあると思うのですが、今回の話題は、そのさらに根本にある「倫理感・価値観・教養」のギャップという不確実性ですね。
岩本:ブランディングプロジェクトならではかもしれません。同じように中長期のプロジェクトマネジメントが必要になるIT系の開発プロジェクトでは、もしかしたらお互いの「倫理感・価値観・教養」はコンプライアンスの観点以外ではそこまで問題視されないかもしれないですが…。
栗林:IT系のシステム開発からきた「アジャイル」とか、デザイン思考からきた「プロトタイピング」という概念がとても重視されるようになって、デザインの領域でも、まず試しに作ってみて、その後最適化していけば良い、という風潮が広がっていますね。
齋藤:プロダクトデザインやデジタルメディアの場合には、それが効果を発揮するのかも知れませんが、アジャイルなプロジェクトでも「信念が重要な領域」というのは必ずあって、その領域までアジャイルにすることはできないと思います。よく言われる格言ですが、「変えるために変えない」領域をデザインする必要がある。
岩本:いまという時代は、「人間の未来像」「未来の人間像」が揺らいでいる時代なんだと思います。そういう環境でビジネスを展開していく上では、いまの時代をどう捉えているか、どういう世界観でこの社会を把握しているのか、という「認識」がまず問われますよね。「テーマ探究型ブランディング」はそこに応えるものでもある。だから、「アジャイル」や「プロトタイピング」という手法と、「テーマ探究型ブランディング」は明らかに役割がそもそも違う。
栗林:ブランディングというのは、社会や世の中へのアティテュード(態度)が重要な領域にも関わらず、そこの観点があまりにもこれまで軽視されてきたのかもしれません。
岩本:もしくは、これまでは社会や時代に対して一定の共通認識があったのでそこが必要なかった。
栗林:たとえば建築のプロジェクトの場合、まずプロジェクトの最初期に地域住民や有識者を交えてワークショップを開くということをやったりしていますよね。建築や都市開発では、しっかりとしたコアな部分をつくリ、それをベースにして道が通ったり、お店ができたりして発展していくので、コアな部分は特に状況に応じてフレキシブルに変更できないものなんだと思います。そういうデザイン以前の価値観の摺り合わせアプローチを、ブランディングでも建築や都市開発のプロジェクトと同じように実施するべきなのかも知れない。
岩本:ブランディングプロジェクトのプロセスというものが、他領域のプロジェクトのプロセスと比べてまだまだ未成熟ということが言えるのかも。
齋藤:お互いの「倫理感・価値観・教養」を認識するというのは、素朴に雑談を交わしているだけだと、共有できるまでにものすごく時間が掛かってしまいますから、やはり、そのためのプログラムをつくりワークショップなどを通じて短期間で効率的に行えるようにしたいですね。
栗林:5BSのブランドビジョン策定のプロセスで、初期に何度かワークショップを行っていますよね。それとはまた別ですか?
齋藤:それとは別ですね。そのワークショップはブランドビジョンを策定するためというはっきりとしたミッションがあります。私たちアートアンドサイエンスのクリエイターとしては、ブランドビジョン策定のための限られた重要な時間になりますので、パーソナルな領域も含めて率直に価値観を共有するというよりも、やはりブランドビジョンを策定するストラテジストという立場で発言したり観察したりしてしまいます。今回の「倫理感・価値観・教養」の一致またはズレを認識してパートナーとしての信頼度を高める目的と両立させるのは難しいでしょうね。
岩本:クライアント企業や担当者としては、「倫理感・価値観・教養」が一致しても、クリエイティブのパフォーマンスに不安があったり(さきほどの3つの能力で言えばそれが技術力(表現力)にあたりますが)、ビジネス理解力や課題把握能力、業務遂行力やリソースに不安があったりすれば、ブランディングのプロジェクトは発注したくないでしょうから、実績やリソースの確認はそれはそれでしっかり行っていただきつつ、明確に別のフェーズとしてそういった機会をつくりたいですよね。
齋藤:いま私たちが行っているセッションのような形式で、まだ利害関係が発生しない段階で膝を交えて率直に語り合う。そういうパートナー選びが理想かもしれません。それは、実は私たちブランディングデザイン会社にとっても理想的ですから、ブランディングプロジェクトの新しいデファクトスタンダードをつくるつもりで、そういうプロセスを一度試しに採用してみたいと感じました。
栗林:社内でブランディングプロジェクトを実行する場合でも、ブランディングプロジェクトのチームへの不信感が課題になるとありましたから、それは社内でも実施するべきですね。
岩本:そのためのワークショップのプログラムをつくって、オープンにシェアすれば、ブランディング・プロジェクトの初期プロセスのデファクトスタンダードになるかもしれません。ブランディングデザイン会社の次のミッションとして取り組んでいく必要がありますね。
2020.11.02 @アートアンドサイエンス代々木本社オフィス